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時代ごとの理想の女性像を映す鏡|CELINE(セリーヌ)の歴史と歴代デザイナーの哲学

洗練されたミニマリズムと、力強いエレガンス。
現代の女性たちを魅了し続ける CELINE(セリーヌ) ですが、その始まりが子供靴の専門店だったことをご存じでしょうか?

創業者のセリーヌ・ヴィピアナから、マイケル・コース、フィービー・ファイロ、そして現在のエディ・スリマンへ。

時代ごとの天才たちがバトンを繋ぎ、そのたびにブランドは劇的な進化を遂げてきました。

ファッション業界でキャリアを築く上で、ブランドの歴史を知ることは 最強の武器 になります。

なぜなら、過去の文脈を理解することで、商品の魅力をより深く語れるようになり、顧客からの信頼獲得に直結するからです。

この記事では、CELINE(セリーヌ)の軌跡を辿りながら、各時代が現在のトレンドにどう影響しているのかを紐解きます。

目次

ひと目でわかる!CELINE(セリーヌ)歴史年表

ひと目でわかる!CELINE(セリーヌ)歴史年表

ファッションブランドの歴史は、そのまま時代のトレンドの変遷でもあります。

まずは、CELINE(セリーヌ)がどのような道を歩んできたのか、主要な出来事と歴代デザイナーを一覧で把握しましょう。

この年表を頭の片隅に置いておくことで、後の章で解説する各デザイナーの哲学やブランドの転換点が、よりクリアに見えてくるはずです。

年代デザイナー / 出来事特徴・キーワード
1945年セリーヌ・ヴィピアナ(創業者)子供靴専門店としてパリで創業。
赤い象がシンボル。
1960年代セリーヌ・ヴィピアナ婦人靴、香水、バッグ、プレタポルテ(既製服)へ進出。
「B.C.B.G」の代名詞として上流階級に愛される。
1972年セリーヌ・ヴィピアナ凱旋門の鎖から着想を得たアイコン「トリオンフ」が誕生。
1987年ベルナール・アルノーが出資を開始。
1996年にLVMHへ完全統合。
1997年マイケル・コース初の著名クリエイティブ・ディレクター就任。
スポーティーで実用的なアメリカンスタイルを注入。
2004年ロベルト・メニケッティ
イヴァナ・オオマジック
マイケル・コース退任後の過渡期。
ブランドのアイデンティティを模索した時期。
2008年フィービー・ファイロブランドを劇的に改革。
「ラゲージ」などのITバッグを生み出す。
ミニマリズムと「オールドセリーヌ」の確立。
2018年エディ・スリマンロゴを一新し、ロックテイストを融合。
メンズラインの創設やトリオンフの再解釈でファン層を拡大。

このように、セリーヌは一人のデザイナーが長く君臨し続けるのではなく、時代ごとに全く異なる才能を迎え入れることで、常に新鮮な驚きを提供し続けてきました。

次章からは、それぞれの時代がどのように現代のセリーヌを形作っていったのか、その深層に迫ります。
まずは、すべての始まりである創業者の物語から紐解いていきましょう。

すべては子供たちのために|女性実業家セリーヌ・ヴィピアナの挑戦

すべては子供たちのために|女性実業家セリーヌ・ヴィピアナの挑戦

現代ではクールで洗練されたイメージの強いセリーヌですが、そのルーツは意外にも家族愛と子供たちへの想いから始まっています。

創業者のセリーヌ・ヴィピアナは、単なるデザイナーではなく、優れたビジネス感覚を持った女性実業家でした。

彼女がどのようにしてパリの小さな靴屋を世界的ブランドへと成長させたのかを知ることは、ブランドの根底にある品質への誠実さを理解することに繋がります。

セリーヌ・ヴィピアナ
セリーヌ・ヴィピアナ

第二次世界大戦直後のパリで「オーダーメイド子供靴」を始めた理由

1945年、第二次世界大戦が終わったばかりのパリ。街はまだ混乱の中にありましたが、人々の心には「平和な日常を取り戻したい」という希望が芽生え始めていました。

当時30歳未満だったセリーヌ・ヴィピアナは、夫のリチャードとともに、パリのマルタ通りに「CELINE, Le bottier pour enfants(セリーヌ、子供のための靴職人)」という店を構えます。

なぜ、子供靴だったのでしょうか?

それは、彼女自身が母親として「自分の子供たちに、最高品質の靴を履かせたい」と強く願っていたからです。

戦後の物資不足の中でも、子供の成長を支える靴には妥協したくないそんな親心から生まれたのが、CELINE(セリーヌ)の子供靴でした

当時のCELINE(セリーヌ)の靴は、上質な革を使用し、職人が一足ずつ丁寧に仕立てるオーダーメイドスタイル

インソールには解剖学に基づいた設計が施され、デザインの美しさだけでなく、子供の足への優しさも兼ね備えていました。

この姿勢は瞬く間にパリの上流階級の母親たちの間で評判となります。

CELINE(セリーヌ)の靴を履くことがステータス」と言われるほどになり、ブランドのシンボルキャラクターだった『赤い象』のマスコットは、子供たちへのプレゼントとして大人気を博しました。

「私も履きたい」母たちの声に応えて婦人靴やバッグへ進出

子供靴専門店としての成功は、やがて新たな展開を生み出します。店に通う母親たちが、子供たちの靴の素晴らしさに魅了され、こう口にするようになったのです。

「子供たちと同じくらい上質で、私たちが履ける靴も作ってほしい」

この要望に応える形で、1959年、CELINE(セリーヌ)は婦人靴のラインをスタートさせます。

創業者のセリーヌ・ヴィピアナにとって、顧客の声に耳を傾け、求められるものを提供することは自然な流れでした。

彼女が目指したのは、特別なパーティーのためだけの靴ではなく、活動的な女性が日常で心地よく履ける実用的なラグジュアリーです。

例えば、当時の婦人靴の定番だったハイヒールだけでなく、歩きやすいモカシンを発表し、大ヒットを記録しました。

1960年代に入ると、CELINE(セリーヌ)はトータルファッションブランドへと急速に舵を切ります。

  • 1966年:最高級の革を使用したバッグコレクションを発表
  • 1967年:プレタポルテ(既製服)コレクション「クチュール・スポーツウェア」を開始

この時期のCELINE(セリーヌ)が確立したスタイルは、「B.C.B.G(ベー・セー・ベー・ジェー)」と呼ばれました。
これはフランス語の「Bon Chic, Bon Genre(良い趣味、良い階級)」の略で、シックで上品なパリの上流階級的なスタイルを指します。

CELINE(セリーヌ)は、控えめでありながら質の良い服を好むパリジェンヌたちの象徴となり、フランスのファッション史において「良家の子女が身につけるべきブランド」としての地位を不動のものにしました。

凱旋門の鎖から着想を得た象徴的なアイコン「トリオンフ」の誕生

現在、エディ・スリマンによってリバイバルされ、バッグや財布の留め具として大人気となっている「トリオンフ」のキャンバスやモチーフ。実はこのデザインが生まれた背景には、まるで映画のようなドラマチックな偶然がありました。

1972年のある日、セリーヌ・ヴィピアナは車でパリの街を移動していました。場所は、エトワール広場(現シャルル・ド・ゴール広場)。あの有名な凱旋門がそびえ立つ場所です。

そこで偶然にも、彼女の車が故障して止まってしまいます。車外に出た彼女がふと凱旋門を見上げると、広場を囲む鎖(チェーン)のデザインが目に飛び込んできました。

その鎖は、2つの「C」が背中合わせに重なったような独特の形状をしていました。彼女はすぐにそのデザインの使用許可をパリ市に申請し、商標登録を行いました。

こうして、凱旋門(Arc de Triomphe)にちなんで名付けられた「トリオンフ」は、ブランドを象徴する紋章として、バッグのジャガード織りや金具に採用されるようになったのです。

しかし、創業者が築き上げたこの栄光も、時代の変化とともに徐々に輝きを失っていきます。
ブランドが高齢化し、「古色蒼然としたブランド」と見なされるようになってしまったのです。

そんな停滞期を打破し、CELINE(セリーヌ)に新たな息吹を吹き込んだのは、大西洋の向こう側からやってきた一人のアメリカ人デザイナーでした。

次の章では、現代CELINE(セリーヌ) の基礎を作った立役者、マイケル・コースの功績について詳しく見ていきましょう。

働く女性を解放したマイケル・コースの実用的なラグジュアリー

働く女性を解放したマイケル・コースの実用的なラグジュアリー

創業者の引退後、CELINE(セリーヌ)は一時的にブランドの方向性を見失いかけていました。
「品質は良いけれど、どこか古臭い」というイメージが定着しつつあったのです。

この停滞を打破するためにLVMHグループが1997年に白羽の矢を立てたのが、アメリカ人デザイナーのマイケル・コースでした。

彼が持ち込んだのは、パリの伝統的な美意識とは対照的な、ニューヨーク仕込みの実用性とスポーティーな感覚でした。

名門ブランドの再建を託されたアメリカ人デザイナー

当時、老舗のフランスブランドにアメリカ人デザイナーが就任することは珍しく、業界内では驚きを持って受け止められました。

しかし、マイケル・コースの就任は、CELINE(セリーヌ) が過去のブランドから現代の女性のためのブランドへと生まれ変わるための決定的な転機となります。

彼が目指したのは、上流階級の奥様が昼下がりに着る服ではなく、社会進出し始めた「働く女性」が、仕事からプライベートまでアクティブに過ごせる服でした。

それまでのCELINE(セリーヌ) が大切にしてきた上品さを残しつつも、動きやすさや機能性を重視した彼のデザインは、瞬く間に世界中のキャリア女性たちの支持を獲得しました。

マイケルコース

働く女性の支持を集めた「ジェットセット」という提案

マイケル・コース時代のCELINE(セリーヌ)を語る上で欠かせないキーワードが「ジェットセット」です。

これは、プライベートジェットで世界中を飛び回るような、優雅で活動的なライフスタイルを指す言葉です。

彼は、多忙なスケジュールをこなす現代女性のために、以下のような特徴を持つコレクションを展開しました。

  • 極上のカシミヤニット: リラックス感がありながら、一枚で様になる高級素材。
  • シワになりにくいパンツ: 長時間のフライトやデスクワークの後でも美しいシルエットを保つ。
  • 機能的なバッグ: 必要な荷物がすべて入り、かつスタイリッシュに持てるデザイン。

彼の提案したスタイルは、ラグジュアリーでありながら決して堅苦しくない、スポーティー・エレガンスという新しいジャンルを確立しました。

機能的でスポーティーな要素を取り入れたブギーバッグ

マイケル・コースが遺した最大の功績の一つが、2002年に発表されたブギーバッグです。

マドンナやグウィネス・パルトロウといったセレブリティが愛用したことでも知られるこのバッグは、当時の働く女性たちが求めていた要素をすべて満たしていました。

  • 自立する箱型のフォルム: 地面に置いても倒れず、書類の出し入れがスムーズ。
  • 豊富な収納: ポケットが多く、携帯電話や化粧ポーチを整理しやすい。
  • ショートハンドル: 腕にかけた時に美しく見える絶妙な長さ。

ブギーバッグの大ヒットにより、CELINE(セリーヌ)は再び「バッグブランド」としての輝きを取り戻します。

マイケル・コースは2004年に自身のブランドに専念するため退任しますが、彼が植え付けた「実用的なラグジュアリー」という精神は、その後のCELINE(セリーヌ)の土台となりました

しかし、彼が去った後のCELINE(セリーヌ) は、再び短い低迷期を迎えます。

数人のデザイナーが交代する中で、ブランドのアイデンティティが揺らぎ始めました。
そんな中、2008年、ブランドの運命を決定づける一人の天才女性デザイナーが現れます。

引用元:トリオンフ
引用元:ブギーバッグ

【フィービー期】ミニマリズムで定義した自立した女性像

【フィービー期】ミニマリズムで定義した自立した女性像

2008年、クリエイティブ・ディレクターに就任したフィービー・ファイロ。
彼女が築き上げた約10年間は、CELINE(セリーヌ) にとって「第二の黄金期」と呼べる時代です。

彼女が生み出したスタイルは、ファッショントレンドを超え、女性が自分のために着る服という新しい価値観を世界中に浸透させました。

装飾を削ぎ落とし、本質的な美しさを追求した哲学

フィービー・ファイロが提案したのは、過剰な装飾やセクシーさを排除した「ミニマリズムです。

当時のファッション界では、派手なロゴや露出の多いデザインがもてはやされる傾向にありました。しかし、彼女はあえてその逆を行きます。

  • ロゴを目立たせない: ブランド名で着るのではなく、素材とシルエットの良さで勝負する。
  • 着心地の追求: 女性の身体を締め付けず、リラックスして着られる服。
  • メンズウェアの要素: トレンチコートやワイドパンツなど、男性的でクールなアイテムを女性らしく再構築。

「私は、現代の女性がクローゼットに何を持っていたいかを考えただけ」

彼女のこの姿勢は、仕事を持ち、自立した大人の女性たちから熱狂的に支持されました。媚びない美しさ、知的な雰囲気。

フィービーの服をまとうことは、「自分自身を大切にする女性」であることの証明となったのです。

フィービー・ファイロ
フィービー・ファイロ

大ヒット作「ラゲージ」|仕事と生活を愛する女性へのメッセージ

フィービー・ファイロの功績を語る上で避けて通れないのが、数々の「ITバッグ」の誕生です。
中でも2010年に発表された「ラゲージ」は、CELINE(セリーヌ) の歴史を変えるほどの爆発的なヒットとなりました。

フロントのファスナーポケットとハンドルの付け根が、まるで「笑った顔」のように見えるユニークなデザイン。しかし、その構造は非常に機能的です。

  • 大きく開く間口: 荷物の出し入れが容易で、タブレットや書類も収納可能。
  • 多彩なサイズ展開: ナノ、マイクロ、ミニなど、ライフスタイルに合わせて選べるバリエーション。
  • 型崩れしない堅牢さ: 毎日使っても美しさを保つ、しっかりとした作り。

ラゲージは、ビジネスシーンでも使える「きちんとしたバッグ」でありながら、どこか愛嬌のあるデザインが特徴です。

他にも「トラペーズ」「カバ」「トリオ」など、彼女の手がけたバッグはどれも「働く女性の相棒」として、現在でも定番アイテムとして愛され続けています。

退任後も伝説として語り継がれる「オールドセリーヌ」の魅力

2018年、フィービー・ファイロが退任を発表した際、世界中のファンが「フィービー・ロス」と呼ばれる喪失感に包まれました。

彼女が手がけた時代のアイテムは、現在でも「オールドセリーヌ」と呼ばれ、二次流通市場(中古市場)で定価以上の価格で取引されることもあるほど、カルト的な人気を誇っています。

なぜ、これほどまでに愛されるのでしょうか?

それは、彼女のデザインが流行という概念を捨て、女性が心地よく過ごすための「本質的な機能美」だけを追求していたからです。

10年前に買ったコートが、今着ても全く古さを感じさせない。むしろ、今の時代にこそフィットする。
それは彼女が作ったものが、消費されるだけのファッションではなく、女性の人生に寄り添うスタイルだったことの証明でした。

こうして洗練されたミニマリズムと媚びない自立心の象徴としての地位を確立したCELINE(セリーヌ) ですが、2018年、ブランドは再び180度の方向転換を行います。

ファッション界のカリスマ、エディ・スリマンの登場です。

次章では、賛否両論を巻き起こしながらも、ブランドを新たな高みへと押し上げたエディ・スリマンの革命について解説します。

【エディ期】ロックとエレガンスが融合した「新生セリーヌ」

【エディ期】ロックとエレガンスが融合した「新生セリーヌ」

2018年、CELINE(セリーヌ) に激震が走ります。
サンローラン(SAINT LAURENT)やディオール・オム(DIOR HOMME)で伝説的な成功を収めてきたエディ・スリマンが、クリエイティブ・ディレクターに就任したのです。

彼が行った改革は、フィービー・ファイロが築いた「飾り気のない美しさを追求したCELINE(セリーヌ) 」を愛するファンにとっては衝撃的なものでした。

しかし、ビジネス的な視点で見れば、それはブランドをよりグローバルで、より若い世代をも取り込む巨大なラグジュアリー・メゾンへと進化させるための必然的なステップだったのです。

エディ・スリマン

ロゴ変更とSNS全削除が示した、過去との決別と覚悟

エディ・スリマンが最初に着手したのは、ブランドの顔である「ロゴ」の変更でした。

1960年代のアーカイブから着想を得て、文字の間隔を詰め、「CÉLINE」の「É」からアクセント記号を削除し、「CELINE」へと変更しました。

さらに、公式Instagramの過去の投稿をすべて削除するという大胆な行動に出ます。
これは、「これから私が作るCELINE(セリーヌ) は、今までとは全く違うものになる」という強烈な所信表明でした。

前任のフィービー・ファイロと、改革者エディ・スリマン。二人が描くCELINE(セリーヌ) 像は対極に位置しています。
その違いを整理すると、現在のブランドの立ち位置がより深く理解できます。

【比較表】フィービー・ファイロとエディ・スリマンのスタイルの違い

比較項目フィービー・ファイロ期
(〜2018年)
エディ・スリマン期
(2018年〜現在)
女性像自立した大人の女性
知的、飾らない、リラックス
パリのブルジョワジー・ロック
クール、ナイトライフ、若々しい
シルエットオーバーサイズ
身体を締め付けないゆとりある線
スキニー&タイト
身体のラインを強調する細身の線
ロゴ控えめ
ロゴよりもデザインそのものを重視
主張するロゴ
トリオンフやロゴTシャツの積極展開
象徴アイテムバッグ(ラゲージ、カバ)
チャンキーニット
ジャケット、デニム
トリオンフキャンバス
ターゲット30代〜50代の働く女性中心20代〜Z世代を含む全世代
男性(メンズライン)もターゲット

この表を見ると分かる通り、エディはフィービー時代の顧客を切り捨てるリスクを冒してでも、若年層や男性客という新しい市場を開拓する道を選んだのです。

スキニーなシルエットと「セリーヌ・オム(メンズ)」の創設

エディ・スリマンの最大の功績の一つは、CELINE(セリーヌ) 史上初となるメンズライン「CELINE HOMME(セリーヌ・オム)」を立ち上げたことです。

彼が得意とするロックミュージックやユースカルチャーを背景にした「スキニーデニム」「レザージャケット」「テディジャケット」は、瞬く間に世界中のファッショニスタを虜にしました。

これにより、CELINE(セリーヌ) は女性のためのブランドから、カップルで楽しめるブランドへと進化。店舗にはカップルでの来店が増え、顧客層が一気に拡大しました。

販売員にとっても、パートナーへのギフト提案や、パーカーやTシャツなどのユニセックスなアイテムの提案が可能になり、客単価を上げるチャンスが広がったと言えます。

過去のアーカイブを現代的に蘇らせた「トリオンフ」の復活

「エディはCELINE(セリーヌ) を壊した」という批判もありましたが、実は彼は誰よりもCELINE(セリーヌ) の歴史を尊重していました。

その証拠が、1972年に創業者が考案した「トリオンフ」モチーフの復活です。

彼はブランドの歴史に埋もれていたこの紋章を再解釈し、バッグのクロージャー(留め具)やキャンバスパターンとして全面的に押し出しました

  • トリオンフ・キャンバス: クラシカルな雰囲気でありながら、傷に強く実用的。
  • トリオンフ・バッグ: 凱旋門の鎖を模した金具が輝く、新たなアイコンバッグ。

この戦略は見事に的中します。ロゴドン(ロゴを強調するトレンド)の波に乗り、トリオンフはZ世代やインフルエンサーの間で爆発的な人気を獲得。

古いブランドの象徴だったマークが、エディの手によって最もトレンディなアイコンへと生まれ変わったのです。

デザイナーが変わるたびに進化するCELINE(セリーヌ) の柔軟性

デザイナーが変わるたびに進化するCELINE(セリーヌ) の柔軟性

創業者の子供靴から始まり、マイケル・コースの「スポーティー」、フィービー・ファイロの「ミニマリズム」、そしてエディ・スリマンの「ロック」。

これほどまでにブランドのイメージが180度変わっても、なぜCELINE(セリーヌ) はブランドとして崩壊せず、むしろ熱狂的に受け入れられるのでしょうか?

その答えは、CELINE(セリーヌ) が他の歴史あるメゾンとは異なり、『過去のスタイル』に縛られていなかったからです。

「白いキャンバス」としてのCELINE(セリーヌ) 

CHANEL(シャネル)やCHRISTIAN DIOR(クリスチャン・ディオール)のような他の歴史的ブランドには、創業者が遺した「絶対に変えてはいけないアイコン」が存在します。デザイナーが変わっても、それらを守りながら現代風にアレンジすることが求められます。

しかしCELINE(セリーヌ) には、良い意味でそのような重たい遺産がありませんでした。

CELINE(セリーヌ)は創業当初から特定のスタイルに固執せず、その時代の顧客が良いと思うものを柔軟に取り入れてきました

そのため、新しいデザイナーにとってここは「自分の色に染められる白いキャンバス」であり続けられたのです。

この違いを整理すると、特異性がよく分かります。

比較項目一般的な老舗メゾン
(CHANEL(シャネル)、DIOR(ディオール)など)
CELINE(セリーヌ)
ブランドの核創業者のスタイル
(例:ツイード、ニュールック)
時代の空気感(トレンド)
(例:その時々の女性の理想像)
デザイナーの役割継承と進化
過去のアーカイブを現代的に解釈する
刷新と破壊
ブランドのイメージを再定義する
変化の自由度低い(制約が多い)
ファンが急激な変化を嫌う傾向
高い(制約が少ない)
新しい挑戦が歓迎される土壌

このように、CELINE(セリーヌ)は伝統がないのではなく、「変化することこそが伝統」という非常に珍しい立ち位置を確立しています。

だからこそ、エディ・スリマンのような個性の強いデザイナーが就任し、ロゴやデザインを劇的に変えても、ブランドは死ぬどころか新しい生命力を得ることができるのです。

▼以下の記事も合わせてご覧ください。
CHANEL(シャネル)の歴史|ココ・シャネルの物語と象徴的なアイコンたち
Dior(ディオール)の歴史とその魅力

変わらないのは女性の日常に寄り添うという創業者の魂

デザイナーが変わるたびに全く別のブランドのように生まれ変わるCELINE(セリーヌ)。しかし、それでもブランドがバラバラにならず、一本の芯が通って見えるのはなぜでしょうか?

それは、デザインという表面的なものではなく、創業者の「その時代の女性が本当に求めているものを提供する」という精神そのものが、最も重要なDNAとして受け継がれているからです。

創業者のセリーヌ・ヴィピアナが大切にしていたのは、「伝統を守ること」よりも「目の前の顧客を喜ばせること」でした。その姿勢は、形を変えて現代まで続いています。

  • 戦後(創業時): 物資不足だからこそ、子供には安全で丈夫な靴
  • フィービー期: 多忙なキャリア女性には、窮屈なヒールではなく歩きやすく美しいパンツ
  • エディ期: 自己表現を重視するSNS世代には、一目でそれと分かるアイコニックなロゴ

このように、売るアイテムは変わっても、今の時代の女性を輝かせるという目的は一度もブレたことがありません。

特定の「型」を持たないからこそ、時代ごとの「理想の女性像」に合わせて柔軟に変化できる。この徹底した顧客ファーストの姿勢こそが、CELINE(セリーヌ)が100年近く愛され続ける理由であり、他のブランドにはない最大の強みなのです。

まとめ|あなたにとっての「理想のスタイル」を見つけるために

まとめ|あなたにとっての「理想のスタイル」を見つけるために

子供靴専門店から始まり、働く女性の相棒、そしてユースカルチャーの象徴へ。CELINE(セリーヌ)の歴史は、そのまま女性のライフスタイルの進化を映し出してきました。

トリオンフに秘められた凱旋門のエピソードや、ラゲージが追求した機能美。これらを知ることは、お客様との会話を深め、信頼を勝ち取るための最強の武器になります。

知識は、あなたのキャリアを輝かせる土台です。しかし、「今の環境で十分に力を発揮できているか?」と迷うこともあるでしょう。ファッション業界は奥深く、自分に本当に合うブランドを見つけるのは簡単ではありません。

もし、今後のキャリアに少しでも不安や野心があるなら、株式会社アプライムにご相談ください。

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